いい家は、いろいろ

  • 2008年10月10日

先月、工務店の現場監督をしている友人と飲む機会がありました。ちょうどそのときに友人と仲のいい職人さんも一緒だったんですが、皆さんお酒が入ると熱くなって、「いい家はな~」なんて言い出して、(私も含めてですが)「こっちから追い出して、こう収まって、反対側がぱちーと決まって・・・・・、コンクリートの基礎はこれぐらいの厚みがあって・・・・・、下地からきちっと出来てないと・・・・」施工サイドからからしては至極当然な考え方なんですね。技術を存分に発揮することと、それを可能にする素材が必要だと。
うむうむ、彼らにはそうあってもらわないと私も思います。
そんなこともあって、世の中のいい家事情に対して私の思うところをすこし。
住宅メーカーやらハウスビルダーや住宅会社の社長が書いた本などでは、いい家は高断熱で、高気密で、冬あったかくて、夏涼しく、結露しにくいことが大事であったり、独自の免震工法や制振工法、耐震性能向上がいい家だと宣伝されています。
まーこれも、冬暖かくて、夏涼しくすごせたら快適であると思いますし、耐震性能向上は重要だと私も思います。
また、不動産会社の建売などは、安く大きく建てて、なお且つ、住宅設備が充実しているというのが、いい家の基準のように広告で謳われています。もはや家というよりも物といった感じです。建売なので物としての基準でしかないのは当たり前なのかもしれませんが。
私の設計でも充実した設備を求められるのは常で、いつもそれと現実との戦いではあります。
職人さんたちのいい家は家全体を一人で造るわけではないので、すこしおいといて、
メーカーや不動産会社の家はそれぞれ住まいの断片だけを取り出して、優れていることを強調していますが、どうもピーンとこないということはないですか。家を建てるときの出発点に経ち返った時に、まず最初に思い浮かぶこと。生活のイメージや家の中のイメージ、日々のシーンや10年後の生活のシーン。こんなことが家で出来たらいいなとか、こんなスペースが欲しい、といったこと。この辺が大事にされていないからどうもピーンとこないのではないでしょうか。
もちろん、実際に家を依頼する場合、住まい手は家の要望を伝えて、それを反映してもらえるようにするとは思いますが。
でも物や数値として表現しにくいことは伝えるのは難しいですよね。それを受ける側が優れていないとなかなか、住まい手の表現しにくい部分を汲み取ることが出来ないと思います。
そして、右も左も住まいの性能ばかりをたたえて、いつの間にかそれがもっとも大切なことのようになってやしないでしょうか。また、既成の出来合いのレトルト食品のようなもので、お手軽にごまかされてはいないでしょうか。
ならば、ヒグチアトリエの仕事はどやねん、いい家とはどんなんやねん、てことです。
ちょっとずるいんですが、ヒグチアトリエのいい家は一つではなく、たくさんあると思っています。
これは、先ほどの生活のイメージや家の中のイメージ、日々のシーンや10年後の生活のシーン。こんなことが家で出来たらいいなとか、こんなスペースが欲しい、といったことや、敷地の周辺環境、予算、家族構成、年齢などをしっかりと考慮して住まい手にフィットした家、居心地を考えた家をそれぞれが目指すことがいい家の第一歩だと思っています。なので、それぞれが異なる状況のために、たくさんのいい家があっていいと考えています。
そして、その目指すいい家にあった形でそれを支える、助けるのが技術であり、機能であり、設備ではないかなと考えています。そのため、性能ありきではなく、目指す家ありきです。そして、デザインや空間性を考えることも、その事に大きく関係する重要な一つだと考えています。
どう思いますか?